2012年06月07日

唐招提寺だよ!

昨日6日、唐招提寺に行って来たよ。
なにしにって?
鑑真和上の年一回のご開帳があったので
拝んできました。
さすが、人が多くて、ゆっくりと拝むことが
できなかったけど・・・・。南無阿弥陀佛。
等身の座像で日本最古のものらしい。
4,5m離れてしか拝めなかったけど
御利益一杯かな!あはは
 
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如来法中 無有選択 吉日良辰

一帖目第九通
 そもそも、当宗を、昔よりひとこぞりておかしく
きたなき宗ともうすなり。これまことに道理のさすところなり。
そのゆえは、当流人数のなかにおいて、
あるいは他門他宗に対してはばかりなく、
わが家の義をもうしあらわせるいわれなり。
これおおきなるあやまりなり。
それ、当流のおきてをまもるというは、
わが流につたうるところの義をしかと内心にたくわえて、
外相にそのいろをあらわさぬを、
よくものにこころえたるひととはいうなり。
しかるに、当世は、わが宗のことを、他門他宗にむかいて、
その斟酌もなく聊爾に沙汰するによりて、
当流をひとのあさまにおもうなり。
かようにこころえのわろきひとのあるによりて、
当流をきたなくいまわしき宗とひとおもえり。
さらにもってこれは他人わろきにはあらず。
自流のひとわろきによるなりとこころうべし。
 つぎに、物忌ということは、
わが流には仏法についてものいまわぬといえることなり。
他宗にも公方にも対しては、などか物をいまざらんや。
他宗他門にむかいては、もとよりいむべきこと勿論なり。
また、よそのひとの物いむといいてそしることあるべからず。
しかりといえども、仏法を修行せんひとは、念仏者にかぎらず、
物さのみいむべからずと、あきらかに諸経の文にもあまたみえたり。
まず、『涅槃経』にのたまわく、
「如来法中 無有選択 吉日良辰」といえり。
この文のこころは、
如来の法のなかに吉日良辰をえらぶことなしとなり。
また『般舟経』にのたまわく、
「優婆夷、聞是三昧欲学者、乃至 自帰命仏帰命法帰命比丘僧 
不得事余道、不得拝於天、不得祠鬼神、不得視吉良日、已上」といえり。
この文のこころは、
優婆夷この三昧をききてまなばんと欲せんものは、
みずから仏に帰命し、法に帰命せよ、比丘僧に帰命せよ、
余道につかうることをえざれ、
天を拝することをえざれ、鬼神をまつることをえざれ、
吉良日をみることをえざれといえり。
かくのごとくの経文どもこれありといえども、
この分をいだすなり。
ことに念仏行者はかれらにつかうべからざるようにみえたり。
よくよくこころうべし。
 あなかしこ、あなかしこ。
   文明五年九月 日

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***涅槃経』にのたまわく、
如来法中 無有選択 吉日良辰」といえり。
この文のこころは、
如来の法のなかに吉日良辰をえらぶことなしとなり。
吉日良辰、吉日は、日柄の善い事。
良辰は、星または時の良い事をいうらしい。
でも、一般世間では、日柄には結構こだわっているなぁーー。
特に六曜はけっこう見て考えるなぁー。
慶事事には、この日は大安だから、この日にしよって!あはは
習慣、しきたりはあまり深く考えないような。
昔からいわれているからするだけって・・・。
仏教においては、日時、方角は、あまり関係ないらしい。
でも、そう言われても・・・。うーーん

posted by 野球じーじぃ at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

極楽の往生をとげん

一帖目第八通
 文明第三、初夏上旬のころより、
江州志賀郡大津三井寺南別所辺より、
なにとなく、不図しのびいでて、
越前・加賀、諸所を経回せしめおわりぬ。
よって、当国細呂宜郷内吉崎というこの在所、
すぐれておもしろきあいだ、
年来虎狼のすみなれしこの山中をひきたいらげて、
七月二十七日より、かたのごとく一宇を建立して、
昨日今日とすぎゆくほどに、はや三年の春秋はおくりけり。
さるほどに、道俗男女群集せしむといえども、
さらになにへんともなき体なるあいだ、
当年より諸人の出入をとどむるこころは、
この在所に居住せしむる根元はなにごとぞなれば、
そもそも人界の生をうけて、
あいがたき仏法にすでにあえる身が、
いたずらにむなしく捺落にしずまんは、
まことにもってあさましきことにはあらずや。
しかるあいだ、念仏の信心を決定して
極楽の往生をとげんとおもわざらんひとびとは、
なにしにこの在所へ来集せんこと、
かなうべからざるよしの成敗をくわえおわりぬ。
これひとえに、名聞利養を本とせず、
ただ後生菩提をこととするがゆえなり。
しかれば、見聞の諸人、偏執をなすことなかれ。
あなかしこ、あなかしこ。
    文明五年九月 日
****うむ・・・。
この御文も読み取りにくいなぁーー。
吉崎への参詣を禁止した蓮如上人である。
なぜ参詣を禁止したのか?
そこに、この御文の意味があるみたいだな・・・。
やっぱり、物見遊山、野次馬根性、
観光気分で、参詣しても
佛様は、こっちを見てくれないぞ!と言ってるのかな。
しっかりと信心を確立せよと・・・・。
    
南無阿弥陀佛  なむあみだぶつ

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posted by 野球じーじぃ at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする